
トレーナー紹介
身体も心も元気になれるトレーニングで、女性らしさも引き出していきたい。
長谷川 圭子
表参道・六本木エリアマネージャー、表参道店店長・六本木店店長。2018年よりエビジムのトレーナーに。スポーツ系大学卒業、4年間水泳インストラクターとして活動し、パーソナルトレーナーへ。2018年ミス・アースに出場。得意とする指導はウエストまわりとヒップアップ。
【保有資格】
- アスリートフードマイスター 3級
- 日本体育協会公認 スポーツリーダー
- 中学校教論一種免許(保健体育)
- 高等学校教論一種免許(保健体育)
- 赤十字救急法救急員
太陽のような笑顔を見ているだけで、こちらまで元気になってしまう長谷川さん。 やんちゃな少女時代から、大手ジムでのトレーナーを経て、エビジムにいたるまでのエピソードや、過去に出場したミス・アースでのお話もお聞きしました!
大好きな運動が、辛い時も自分を元気にしてくれた。
今度は私がトレーニングで誰かを元気にしていきたい。
―幼少期、長谷川さんはどんなお子さんでしたか??また、何かスポーツはされていましたか?
小さい頃から運動が好きで、虫取りをしたり、木登りをしたり、自転車レースをして走り回ったり、少年のような少女でした!笑
兄二人はインドア派なのですが、神奈川県の愛川町というのどかな田舎で、近所の男の子たちと元気に遊んで育ちました。
小学校は田舎で少し荒れていたこともあってか、団結心を育もうと当時先生が駅伝チームを作ったことをきっかけに、陸上をはじめました。元々運動が好きだったことと、やるからには駅伝大会で金メダルを取りたい!負けたくない!と、とにかく自主練習して優勝することができました!
中学に入ってからは、「かっこいい競技をやりたい!」と、陸上部に入部し、ハードルをはじめて、中学は100mハードル、高校は400mハードルをやっていました。
スポーツ少女でしたが、中学ではバンドのベースをやって文化祭でyuiの『CHE.R.RY』を演奏したり、合唱コンクールでは3年間伴奏でした。音楽、美術、体育だけは成績がよくて、勉強は苦手…そんな感覚派な学生でした。
―音楽にスポーツに、多才ですね!その後、どんなきっかけでトレーニングを本格的にやりはじめたのですか?
陸上部だった高校時代に、ウエイトトレーニングをはじめたことですね! スクワットやベンチプレス、デッドリフトなど、トレーニングをしているうちに「筋肉がつくと体はこんな風になるのか!」と楽しくなってしまって!最盛期は100kgのウエイトを上げられるほどムキムキになっていて、逆に体が重くてハードルのタイムは伸び悩むほどに…笑
体を動かすことが好きだったのでそのうち体育の先生を目指すことにしました。
中でも、体育の授業で誰しもが必ず経験をする水泳の授業でしっかり指導のできる先生になりたいという思いがあって、大学時代はずっと水泳のインストラクターをしていました。
―今は健康的でスレンダーな印象の長谷川さんにも、そんなムキムキ時代があったのですね!そこから、なぜ先生ではなくジムトレーナーを目指したのですか?
スイミングスクールに来る人の中には、バタフライで泳げてしまうおじいちゃんなんかもいて。しかも若い頃からではなく60歳からはじめても泳げる人がたくさんいました。 「人は何歳になっても何かをはじめられる。体は変えられるんだな」と、衝撃を受けたのを覚えています。だったら、教える相手が学生に限定されてしまう学校の先生ではなく、幅広い世代の人を教えられるトレーナーになって、たくさんの人を笑顔にしたいな、と思い、トレーナーになることにしました。
―その後はすぐにエビジムに?
いえ、一度大手のジムに就職しました。水泳に特化したジムだったので、これまでの経験も活かせていいなと思ったのですが、そこではかなりきつい日々を過ごすことになってしまって。
通常の指導以外にも大会に出るために、休憩時間も、仕事終わりも、休みの日も、とにかく泳がなければならなくて。疲れ果ててすっかり食生活も疎かになってカップラーメンばかり食べて気づいたら体脂肪率が14%までになり…不健康で、頬もコケた状態になってしまって。人間関係の悩みも多かったので身も心もボロボロになってしまい。一人暮らしをしていた部屋に来た親が私の姿と、部屋に大量に買い込んだカップラーメンの山を見て、「そこまでしなくていいから帰っておいで」と言ってくれて、会社を辞めることにしました。負けず嫌いは子供の頃からですが、「トップインストラクターになる」という目標を掲げていたので、当時はかなり辛かったです。
―今の長谷川さんからは想像できない、そんな辛い経験をしていたのですね…そこでトレーナーはもうやりたくないとは思わなかったのですか?
一度は田舎に帰り、しばらくは家から出られませんでした…辛さを思い出しては、親が見ていないところでずっと泣いている、そんな状況が数ヶ月続き、心も体も元気ではなくなっていました。
本当に辛かったのですが、だんだんと心が落ち着いてくると、散歩からはじめようかなと思えるようになり、ランニング、水泳と自然に体を動かしたくなってきて。
自然豊かな実家に帰って、大好きな運動を少しずつはじめて…徐々に回復していきました。 そして、「やっぱり体を動かすと心まで元気になるな」「運動を通して今度は私が人を元気にしたい」と改めてトレーナーとして指導をしたいという気持ちを再確認していきました。
そこで、大学時代に大学のジムで指導をしていた田村さんに相談して、エビジムを紹介されたのが入社のきっかけです!
― 一度は辛い思いをしながらも、改めて体を動かすことの大切さを実感したのですね。エビジムでトレーナーとしての再出発をして、嬉しかったことや、失敗したことは?
失敗してしまったことは、デッドリフトでお客様が腰を痛めてしまったことです。 すごく頑張り屋さんな方だったので、重めのウエイトを付けてしまったのですが、お客様の体調や状態をよく見極める必要があったと反省し、今は私自身もよく状態を確認し、お客様自身も自分の動きの確認がきちんとできるように指導をしています。
水泳インストラクター時代は1対大勢でしたが、本当はずっとお客様のことをもっとよく知りたいと思っていました。今は1対1で指導ができるので、トレーニング内容だけじゃなく、一人一人とコミュニケーションを取れることも嬉しいです。 そして、やはりお客様がトレーニングでウエストやヒップアップなどの成果が出てきた時、そこに関われていることが何より嬉しいなと日々感じています!
あと、印象的な経験としては、エビジム入社後に友人の誘いで世界四大大会「ミス・アース」という地球環境保護の国際イベントのミスコンテストに出場したことです! そこではトレーニングやウォーキング、スピーチやボランティアなど、ミス・アースとして様々なビューティートレーニング期間がありました。 ボディメイクだけでなく、身だしなみや所作、歩き方など女性として美しさを高めることの大切さを学ぶきっかけになりました!
やんちゃな虫取り少女だった自分がミスコンテストに出るなんて…と、最初は恥ずかしい思いもありましたが、何より挑戦することで自信が付きました。 トレーニングを通して女性らしさを引き出す指導にも活かせているので、挑戦してみて本当に良かったと思っています!
パーソナルジムはムキムキになりたい人だけのためのものではないので、美しくなりたいと思う女性にも、ぜひ来てほしいなと思います!
―辛い経験から立ち直って、今の元気に輝く長谷川さんになるまでには、そんなエピソードがあったのですね! そんな長谷川さんにとってプロフェッショナルとは?
「追求心を忘れないこと」と「挑戦すること」ですね。
トレーニングに挑戦するお客様一人一人に合った指導ができるように、さらに技術面も高めていきたいですし、自分自身も新しいことに挑戦していきたいなと。今はトライアスロンにも挑戦してみたいなって思っています!
何事も、挑戦すれば学びがあると思っているので、お客様ももし迷っていたら、とりあえずきてみてほしいと思います!
―長谷川さんにとってエビジムとは?
「元気でいられる場所」です!!
辛い経験から立ち直って、いま元気に働けているのはエビジムのおかげですし、お客様にとっても来るのが楽しみになる、元気になれる場所でありたいと思っています!
さいごに
輝く笑顔で楽しくコミュニケーションを取りながら、心も体も元気になれるトレーニングを指導してくれる長谷川さん。体だけでなく内面も、女性らしい美しさを手に入れたい女性は必見のトレーナーさんです!
撮影・文|小泉優奈
\長谷川トレーナーの2カ月間、Before&Afterチャレンジ!/
元気な笑顔が魅力的なエビジムの長谷川トレーナー。実はもと通信会社の営業職だった経歴を持っています。在宅ワークが多かったこともあり身体がなまってしまったという彼女に、転職直後から実際にエビジムのトレーニングに通ってもらいながら2カ月間のBefore&Afterチャレンジに取り組んでもらいました。